さわり(触り)とは、音楽や文学作品などのいちばん聞かせたいところ、読ませたいところをいい、「出し惜しみせずに、さわりだけでも一節聞かせてくださいな」などと用いる。しかし近年、歌手などにこう持ちかけると、歌を最初から歌い始めたりする。つまり、「さわり(触り)」が、手などでものに軽くふれるという意味の「触り」と解釈されて、歌の一部、出だしのことと考えられているからである。
「さはり」は邦楽の業界用語で、義太夫節(人形浄瑠璃、文楽でセリフ、語り、BGMの役割を果たす音楽)における一曲中のクライマックスをいう。しかしこれも、もとをたどれば、その義太夫の曲中で義太夫節以外の他流の曲節を取り入れた部分、つまりヒップホップのサンプリング(引用技法)みたいな部分のことであり、他流の節に「触る」からそう呼ばれたのだという。そのような「さはり」の部分が、太夫(歌手)の腕の見せどころでもあったので、曲中の聞かせどころ一般を「さはり」と呼ぶようになったのである。
このように語源をたどると意味もわかるが、正直「さわり(触り)」と聞いただけで、曲中や文作作品のクライマックスをイメージできる人はひとりもいないだろう。そのような状況に鑑み、「さわり」を「聞かせどころ」と解釈するのはもう止めにして、現状誤解されているような「曲の一部、出だしの部分」という意味で辞書に載せるようにするのはいかがだろうか(義太夫の先生は怒るだろうけれど)。(CAS)