わざわい(災い、禍)とは、不幸な出来事のきざし、またはその出来事、災難のこと。「わざ」は隠された神の意図、またはその意図にもとづく行いという意味で、ここでは人間の過ちに対する神の罰といった意味あいで用いられている。「わい」は「さいわい(幸い)」や「にぎわい(賑わい)」などと同じく、物事が広まっていく様子を表す言葉。したがって「わざわい」とは、身に降りかかった不幸を神々のせいにした言葉であり、「オレは悪いことをしたわけでもないのに罰せられた」という神々への不満をこめた、実存主義的な不条理を訴える言葉である。
ところで、「わざわい」の「わい」は古語では「はひ(這ひ)」で、赤ん坊の「はいはい」のように手と膝をついて前進すること。したがって「わざわい」や「にぎわい」に使われている「わい」は、ドライアイスのガスが地を這うように広がっていくように、なにものかが地上つまり人間世界に広がっていく様子を表現しているものと思われる。つまり「わざわい」は、神々の思いつき(わざ)で多数の人間が痛い目にあっているという、ワンマン社長の気まぐれ経営で被害にあっている社員のように、被害者意識丸出しの言葉でもある。(CAS)