追体験とは、いわば「追っかけ体験」であるが、文学作品などで、作者の体験と同様の体験を読者がすることをいう。ふつうは作品を読み込んで解釈し、作者の体験をシミュレートすることをいうが、旅行記などでは、実際にその足跡をたどって、作者の見聞を共有し、作者の心情に近づこうとするダイレクトな行為がそれに当たる。
松尾芭蕉の紀行文『おくのほそ道』はそんな「追体験」の欲求をかりたてる作品であるが、「松尾芭蕉の文学世界を踏破するのだ」などと意気込んで出かけた人々は、「松島や ああ松島や 松島や」というような、芭蕉が詠んだこともない句を現場で口にしたりして自己満足に浸るのである。
ヒットした映画やドラマのロケ地などを巡るファンたちの行為は「追っかけ体験」というにふさわしいが、残念ながらその元となった体験は、脚本家がでっちあげて俳優がそれらしく演じたものであり、要するにニセの体験を追っかけて、ありがたく体験させていただいているにすぎない。(CAS)